大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3796号 判決 1976年1月27日
原告
大成機工株式会社
右代表者
矢野信吉
右訴訟代理人
米田実
外二名
右輔佐人弁護士
江原秀
外一名
被告
東洋管機工業株式会社
右代表者
松山勤
右訴訟代理人
佐々木哲蔵
外二名
右輔佐人弁理士
下倉義明
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、原告
「被告は別紙一、二記載のメカニカルジヨイント離脱防止装置を製造販売してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
二、被告
主文同旨の判決。
第二 請求の原因
甲 主位的請求
一、原告は次の登録実用新案の実用新案権者である。
登録番号 第九一四七八三号
考案の名称 メカニカル接手鋳鉄管における抜け止め装置
出願日 昭和四一年一月二四日
出願公告 昭和四五年四月二七日
出願公告番号 昭四五―九〇三一
設定登録日 昭和四五年一〇月三〇日
実用新案登録請求の範囲
「管1、2の連結重合部間にゴム環3を嵌合し、このゴム環3を管2上に嵌合せる押え金具4によつて強圧すると共にこの押え金具4の円周等配位置に突鈑5を複数個突設し、この各突鈑5に抜け止め用螺子杆6をそれぞれ螺挿してなるメカニカル接手において、この各抜け止め用螺子杆6の先端全面にそれぞれ切刃状面イを一体に形成し、この抜け止め用螺子杆6を管2面に強圧捻回することによつて抜け止め用螺子杆6先端の切刃状面イによつて管2面に螺子杆6の直径と同一内径の凹孔7を穿設し、抜け止め用螺子杆6の先端全面を凹孔7の孔底に喰い込ませる様になしたメカニカル接手鋳鉄管における抜け止め装置。」<中略>
乙 予備的請求
一、仮に右主張が認められないとしても、原告は次の登録意匠(以下、本件意匠という。)の意匠権者である。
登録番号 第三〇三四三〇号
意匠に係る物品 管の押環
出願日 昭和四二年九月二〇日
登録日 昭和四四年七月二九日
登録意匠 別紙三意匠公報写表示の形状
二、本件意匠の具体的構成は次のとおりである。
本件意匠は別紙三意匠公報写表示の管の押環の意匠で、中央に接合すべき管が嵌入される円形孔を表わした扁平円環板を本体とし、その本体の扁平面上円周等配位置六個所に外面円孤面状の膨出面を表わした突鈑を突起状に表わし、その突鈑に頭部に四角状ナツト頭を表わし、先端末に皿形円錐傾斜面を表わした抜け止め用螺子杆を螺挿し、また本体の扁平面に前記突鈑とそごした円周等配位置六箇所に締付けボルト挿込み用円孔を表わした締付け突縁を突起状に表わしたものである。
理由
第一主位的請求について
一原告が昭和四一年一月二四日出願にかかる本件登録実用新案の権利者であること、その登録請求の範囲の記載が、「管1、2の連結重合部間にゴム環3を嵌合し、このゴム環3を管2上に嵌合せる押え金具4によつて強圧すると共にこの押え金具4の円周等位置に突鈑5を複数個突設し、この各突鈑5に抜け止め用螺子杆6をそれぞれ螺挿してなるメカニカル接手において、この各抜け止め用螺子杆6の先端全面にそれぞれ切刃状面イを一体に形成し、この抜け止め用螺子杆6を管2面に強圧捻回することによつて抜け止め用螺子杆6先端の切刃状面イによつて管2面に螺子杆6の直径と同一内径の凹孔7を穿設し、抜け止め用螺子杆6の先端全面を凹孔7の孔底に喰い込ませるようになしたメカニカル接手鋳鉄管における抜け止め装置」
であること、被告が別紙一((イ)号図面)ならびに説明書に示すイ号物件を昭和四七年一〇月ごろから業として製造販売していることはいずれも当事者間に争いがない。
二原告は、被告の右行為は本件登録実用新案権を侵害するものであると主張し、被告はこれを争うので考察する。
(一) 先ず、原告は、本件考案における抜け止め用螺子杆先端の切刃状面はこの螺子杆を管面に強圧捻回することにより、その先端切刃状面で、管面に螺子杆の先端の切刃の直径と同一内径の凹孔を穿設し得るものであれば足り、螺子杆の直径と同一内径の凹孔を穿設し得るものであることを要しないと主張し、その理由として、右切刃状面によつて管面に穿設される凹孔の径については、本件実用新案の登録請求の範囲に前記の記載がある以外に、本件実用新案公報には一切触れられていないこと、本件考案における切刃状面の形状が人力で管面に容易に、且つ確実に喰い込ませることができること、管に亀裂、水漏れを生じさせるおそれのないものであることなど、その実施上の各要請を満たす必要があることより単円状のもの、又は同心円状の複数凹凸状のものに限定されること、そしてその形状は断面V型の凹凸同心輪状溝のものであることなどを挙げる。
(二) そこで、本件登録実用新案出願時における技術水準についてみる。
<書証>実用新案公報によると、登録請求の範囲を(番号省略)、
「図面に示すように水道管の連結重合部間にゴム環を嵌合し水道管上の押え金具によりゴム環を強圧するようになしたメカニカル接手において押え金具の鍔鈑の周面に等間隔に設けた螺子孔間に突鈑を軸長方向に数個突出せしめて設けこの突鈑にそれぞれ抜け止め用螺杆を螺挿し水道管を連結すると共に水道管の逸脱を防止するようになしたメカニカル接手鋳鉄管における抜け止め装置の構造」
とし、図面第3図に縦断側面先端が型に尖つた抜け止め用螺杆を図示した実用新案の出願がその公報により昭和三五年八月三〇日、昭三五―二一〇七三号をもつて公告されており、
また、<書証>実用新案公報によると、登録請求の範囲を(番号省略)、
「ねじ本体の脚端部にこれを面取りして斜面部を形成し、この斜面部に本体の螺糸の螺捻方向と逆方向に捻れ傾くラチエツト状歯型を刻設すると共に、本体の脚端端面を前記歯型より突出しない形状に形成した緩み止めねじ」
とする実用新案の出願が、昭和三八年三月八日、昭三八―三六二三号をもつて公告になつている事実が認められる。
(三) これらの事実、ならびに、本件実用新案公報図面第3図の本件実用新案における抜け止め用螺子杆の先端部の拡大図に示す型の形状をしんしやくすると、本件考案の新規な部分は、抜け止め用螺子杆を管面に強圧捻回したときに、その先端全面を凹孔の孔底に没入するだけではなく、本件実用新案登録請求の範囲に明記してあるとおり、「抜け止め用螺子杆先端の切刃状面によつて、螺子杆の直径と同一内径の凹孔を穿設し、抜け止め用螺子杆の先端全面を凹孔の孔底に喰い込ませる」ことができるような抜け止め用螺子杆を用いる点にあると認めるべきである。
実用新案権に基づく侵害訴訟においては、実用新案登録請求の範囲に記載した事項は、出願人がその記載が実施可能であることを前提として記載し登録になつたものと解すべきであるから、権利者において登録後右記載の文字通りの実施が困難であることを理由に、その文言の趣旨を緩和して改変し、結局技術的範囲を拡張して主張することは禁反言の原則の精神から許されないと解すべきである。
原告の切刃状面についての主張は、結局実用新案登録請求の範囲の記載どおりの実施が困難であることを理由に、その記載を緩和した意味に主張しもつて技術的範囲を自己に有利に拡張せんとするものであつて理由なく、これを採用することはできない。
(四) ところで、イ号物件の抜け止め用螺子杆の先端は、別紙一((イ)号図面)第4図に示す如く型で、その螺子杆を管に強圧捻回しても、これにより螺子杆の直径と同一内径の凹孔を穿設することができないものであることは原告の自認するところである。
(五) そうすると、イ号物件は、本件考案の必須の要件たる「抜け止め用螺子杆先端の切刃状面によつて管面に螺子杆の直径と同一内径の凹孔を穿設する」という事項を欠いているので、本件登録実用新案の技術的範囲外のものというべく、被告のイ号物件の製造販売行為が本件登録実用新案権を侵害するものとは認められない。
第二予備的請求について
一原告が昭和四二年九月二〇日出願に係る本件意匠の権利者であること、被告が昭和四七年一〇月ごろからイ号物件を業として製造販売していることについては当事者間に争いなく、右物件の意匠に、原告主張の構成がみられることは被告も争わないところである。
二原告は被告の右行為は本件意匠権を侵害するものであると主張し被告は争うので考察する。
(一) 本件意匠の構成が大体において、原告主張の如きものであることは当事者間に争いがないが、本件登録意匠公報によると、本件登録意匠、すなわちその願書に現わされた意匠は、右当事者間に争いのない前記構成要素のほか、ボルト挿込み用円孔は本体円形孔と同方向に向けて穿設し、抜け止め用螺子杆は右円形孔と直交する方向に向けで螺挿させ、突鈑は扁平面の正面側及び背面側に膨出し、突縁は細幅の扁平面から大きくU字形に突出し、その正面側表面周縁には両端を本体円形孔の周壁面に当接させた右U字形の隆起壁を表わし、扁平面全体の側面には右隆起壁側面と突鈑とが交互に突出した凹凸形状を表わすとともに扁平面全体の正面にも凹凸形状が表わされていることが認められる。
そして、本件登録意匠の出願日たる昭和四二年九月二〇日よりはるかに以前に公告になつた前顕乙第二号証の実用新案公報の図面第1図に図示されたメカニカル接手鋳鉄管の形状と本件登録意匠公報に示された正面図と比較すると、本件意匠における前記認定の突鈑に関する点が特徴的である。
(二) つぎに、別紙目録二記載のイ'号物件の図面の記載とイ'号物件であることにつき争いのない検甲第二号証に徴すると、イ'号物件の意匠は当事者間に争いのない前記構成要素のほか、ボルト挿込み用円孔9aは本体円形孔1aと同方向に向けて穿設し、抜け止め用螺子杆8aは右円形孔1aと直交する方向に向けて螺挿させ、突鈑は背面側にのみ膨出し、突縁は太幅の扁平面からわずかになだらかな円孤状に突出し、扁平面全体の側面には右形状のみの凸形状を表わし、その正面は平滑であることが認められる。
(三) そこで、本件意匠とイ'号物件の意匠を対比して両者の類否を検討する。
両者は、意匠に係る物品が同一であるほか、いずれも、中央に接合すべき管が嵌入される円形孔を表わした扁平環板を本体とし、その本体の扁平面上円周等配位置六箇所に膨出面を表わした突鈑を突起状に表わし、その突鈑に先端末に皿形円錐傾斜面を表わした抜け止め用螺子杆を本体円形孔と直交する方向に向けて螺挿し、また、本体の扁平面に前記突鈑とそごした円周等配位置六箇所に本体円形孔と同方向に向けて穿設した締付けボルト挿込み用円孔を表わした締付け突縁を突起状に表わした点において一致しているが、その反面、両者の間には次のような相違点がみられる。
(1) 本体扁平面の外周形状。本件意匠は円形であるが、イ'号物件の意匠は六角形である。
(2) 突鈑の外面形状。本件意匠は円孤面状であるのに対し、イ'号物件の意匠では四角稜面状である。
(3) 突鈑の膨出側面。本件意匠では正面側及び背面側に膨出しているのが、イ'号物件の意匠は背面側にのみ膨出している。
(4) 突縁の突出形状。本件意匠では比較的細幅の扁平面から大きくU字形に突出しているのに対し、イ'号物件の意匠では比較的太幅の扁平面からわずかになだらかな円孤状に突出している。
(5) 突縁の隆起壁の有無。本件意匠では突縁の正面側表面周縁には両端を本体円形孔の周壁面に当接させたU字形の隆起壁があるが、イ'号物件の意匠にはこれがみられない。
(6) 扁平面全体の側面及び正面形状。本件意匠では扁平面全体の側面に右隆起壁側面と円形の突鈑とが交互に突出した凹凸形状がみられるとともにその正面にも凹凸形状がみられるが、イ'号物件の意匠では扁平面全体の側面にはなだらかな円孤状のみの凸形状がみられるだけでその正面は凹凸形状がなく平滑である。
(7) ナツト頭の形状等。本件意匠では抜け止め用螺子杆の頭部が四角状ナツト頭で表わされ、その先端末外側には防蝕ゴムリングが見られないのに対して、イ'号物件の意匠では抜け止め用螺子杆の頭部が六角状ナツト頭で表わされ、その先端末外側には防蝕ゴムリングが見られる。
ところで、右認定の両者の意匠にみられる一致点は、鑑定人Mの鑑定書より明らかなとおり本件意匠の意匠に係る物品(管の押環)が一般に具有する基本形状ともいうべきものであるから、これが看者の注意を惹くべき新規性、外観的特異性に寄与すべき要素であるとはとうてい解しえないのに反して、右認定の相異点、とりわけ本体扁平面の外周形状、突鈑の外面形状、突縁の突出形状にみられる相異点を管の押環の基本形状に位置づけして、全体的に対比観察してみると、本件意匠が「放射状に著しく突設した六個の円孤面状突縁を有する円形状環板」の感を与えるのに対し、イ'号物件の意匠は「放射状にわずかに突設した六個のなだらかな円孤面状突縁を有する六角状環板」の感を与える結果、両者の意匠は看者にそれぞれ別異のものとの印象を与えると認められる。
それゆえ、イ'号物件の意匠は本件意匠に類似しないものといわざるをえない。
鑑定人Aの鑑定書に記載されている、叙上の判断と相反する見解は当裁判所の採用しないところである。
(四) 以上の理由によりイ'号物件の意匠は、本件意匠の権利範囲外のものであつて、被告がその意匠にかかる物品の製造販売行為が本件登録意匠権を侵害するものとは認められない。
第三以上により、イ号及びイ'号各物件が原告の本件実用新案権及び意匠権を侵害することを理由とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(大江健次郎 渡辺昭 北山元章)